六龍が飛ぶで活躍するバンウォンは3代王・太宗(テジョン)

朝鮮王朝初の長期政権を樹立した太宗(テジョン)

今回は朝鮮王朝3代王・太宗(テジョン)の解説です。

朝鮮王朝は初代王、2代王ともに短命の政権でした。

3代王・太宗(テジョン)が即位したのは建国から10年も経っていません。

こんなにコロコロとトップが変わるなんてまるで日本の総理大臣のようですね。

しかし、この3代王・太宗(テジョン)は違います。

時に冷酷で、強引なやり方もありましたが朝鮮王朝の基盤を完成させたのはこの人です。

太宗(テジョン)は1400年の即位以来、約18年間王座を守り続けました。

この18年間での功績をこれから紹介しますね。

「六龍が飛ぶ」では本名のバンウォンとして登場

3代王・太宗(テジョン)は建国王・太祖(テジョ)の五男でした。

朝鮮王朝の建国前、太祖(テジョ)がまだ高麗の武将だった時期から頭角を現していました。

この辺のエピソードは時代劇の「六龍が飛ぶ」で描かれています。

この中では本名のバンウォンという名前で登場します。

8人兄弟だったため、兄たちとのし烈な後継者争いを制し、3代王の座を見事勝ち取ったバンウォンは3代王・太宗(テジョン)となり、政治手腕を発揮します。

まず、民からの直訴を受け付ける役所を設置します。

王が民の直訴を受け付けるなど、当時では全く考えが及ばなかったことですが、非常に革新的でした。

また、16歳以上の男子に身分証を発行、携帯を義務付けます。

書籍の発行所を設置、漢陽(後のソウル)内に人文機関を設置し、学力や文化水準の向上を促します。

景福宮(キョンボックン)や昌徳宮(チャンドックン)を建立したのもこの時代です。

また、現在の韓国の行政区割りの基礎である八道を確立したのもこの時期です。

それぞれの道の地名は現代でも変わらずに使われています。
(いくつかは南北の道に分かれています)

こうして中央主権国家の体制を確立していきました。

冷酷、強引と称される3代王・太宗(テジョン)ですが、民の直訴を許可するなど柔軟な一面もある王でした。

また、外敵からの侵略に備えた軍隊強化には特に力を入れていました。

特に軍部の監督権は王座を降りてからもしばらく握っていました。

このように3代王・太宗(テジョン)はかなりの功績を残しています。

ですが、歴史的にはあまり評価を受けていません。

やはり、兄たちとの後継者争いで見せた冷酷な面ばかりが注目を浴びています。

ですが朝鮮王朝建国も父である初代王・太祖(テジョ)だけでは成し得なかったでしょう。

この3代王・太宗(テジョン)の活躍あってのことです。

王位についてからも功績を残していますが、王になってからの3代王・太宗(テジョン)を主人公とした時代劇はまだありません。

登場する時代劇は

  • 六龍が飛ぶ
  • 龍の涙
  • 大王世宗

など。

六龍が飛ぶでは主役ですが、朝鮮王朝の建国がメインテーマなので王としての活躍はあまり描かれていません。

私としては太宗(テジョン)主人公の時代劇の登場を期待しています。

今回は3代王・太宗(テジョン)の解説でした。

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