トンイの呪いシーンの解説。禧嬪の母の悪事とは

トンイ
画像引用:https://www.bs-tbs.co.jp/toni/episode.html

窮地の禧嬪一家は危篤状態の仁顕王妃を呪い殺そうとした

世子の病気を知る証人である内医女を仁顕王妃に隠され、窮地に陥った禧嬪たちは危篤状態である仁顕王妃を呪い殺そうとします。

禧嬪の兄であるチャン・ヒジェは、過去に母親が占ってもらった巫女に助言を求めたところ、仁顕王妃を殺せば助かる方法があると言われた結果の行動です。

ただでさえこの時すでに、仁顕王妃は持病である心臓病の悪化のため危篤状態という危ない状態です。

このまま亡き者にしてしまおうというなんとも恐ろしい考えです。

自分たちの保身のために巫女の占いと助言に頼って実行するとは、当時は巫女の存在がとても大きかったのですね。

呪いの道具を見つけたのはヨニングンだった

呪いの道具を見つけたのはトンイの息子であるヨニングンでした。

危篤状態である仁顕王妃の快復を願い花輪を贈ろうと菖蒲の花を探していたところにヨニングンが偶然見つけたのです。

この呪いの道具である人形と木札をトンイに渡したことで、トンイは仁顕王妃が呪い殺されそうになっているとわかるのですね。

ちなみにこの菖蒲の花輪を作るため、一緒にいたのは禧嬪の息子である世子でした。

一緒に花を集める心優しい世子からしたら、まさか自分の母親達が王妃を呪い殺そうとしていたなんて夢にも思わなかったでしょうね。

人を呪い殺せると信じられていた時代だった

朝鮮王朝時代には呪いで人を殺すことができると信じられていました。

現代を生きる私たちにとってはあまりピンとこないですよね。

ちなみに人を呪い殺す儀式を「呪詛(じゅそ)」といいます。

方法としては、人骨や小動物の死骸・木札などを呪い殺したい相手の部屋の周りに埋めたり、祭壇を作って祈祷をする方法がありました。

ですがこの時代、呪詛は大罪とされ、呪詛をしたことがバレてしまった場合には自害をさせられるほど重い罪でした。

呪う側も命がけだったということですね。

禧嬪の母親はトンイと永寿君を呪った前科があった

トンイと粛宗の最初の息子である永寿君が生まれたときも、禧嬪の母親は祭壇を作り、女官たちと共にトンイと永寿君を殺す祈祷の儀式をしていました。

この時は禧嬪が呪いに頼るほど私は無能ではないと激怒して母親を叱りつけました。

この時の禧嬪は、呪いに頼らず自力でどうにかするつもりだったのでしょうが、こうみると娘と孫を守りたい母心からなのか、禧嬪の母親の方が呪いや占いに頼っていたように思えますね。

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